私がタヒチアンダンス、フラダンスを通じて伝えたい事


Iaorana!

 

5児の母タヒチアンダンサーのとっこです

 

 

ここで、

私がタヒチアンダンスを通じて

人生で伝えたい事

をきいてください。

 

 

私は

石川県のわりと旧家に生まれて、

祖父は国立大学の大学教授、

父は公務員、

母は専業主婦という

結構硬い家庭に生まれました。

 

ダンスを通じて自分らしく生きたい、自分らしく表現したい

 

 

私は長女で父が40歳父に、かわいがってもらった反面、

母には私に母の思ったような子に育ってくれることを期待されていました。

 

成績がよく、物分かりもよく、手もかからず、なんでもそつなくこなす

そんな感じに育って欲しいと思われていたと思います。

 

もちろん母に悪気はなく母の価値観のそれ自体にいいとか、悪いとかはなくて

自分が子供を育てる側に回って育ててみて初めて子供って、親の価値観を全部そのまま吸収してるんだー!と最近分かったのですが!

 

 

で、私自身は子供の頃より田舎の息苦しさとか、

そもそも、みんな右に倣えの小学校とかが

めっちゃ嫌で、小学校はまあ疑問に思いながらも行ったのですが、

 

 

中学になるともっと楽しくないし、部活もやりたいことはないし、勉強も面白くないし、先生もつまらないしで、

とにかく表現をすることに自分が向かっていったわけですね。

 

 

最初は絵を描いていたり文章を書いていたり、アクセサリーを作ったりしていました。

 

 

20代に入ってからヒップホップのダンスを始めてやってみてこんな世界があるんだと思いました!

 

 

 

 

体一つで表現する。

 

終わっても何も残らない。

 

そこにあるのは気持ちとか感動だけ。

 

それからベリーダンス、フラ、タヒチアン、アフリカンダンス

いろんなダンスをやっています。

 

 

 

体を使って表現する、言葉も、人種も、なにをもっているとか持っていないとか

年齢や性別も何も関係ない、

 

私そのものでいる瞬間生きている瞬間を観客のみんな、一緒に踊っているダンサー、

音楽をやってくれるミュージシャンやDJの人達

 

みんなと共有できることが素敵すぎて、それ以来踊り続けています。

 

たぶん体が動かなくなるまでは踊るんだと思います。

 

自分が踊る楽しさから、踊る楽しさを共有するために教室を開講

 

2011年に、阪神大震災のあった年に石川県から宮崎県へ移住してきました。

宮崎に来てすぐは一人で踊っていたのですが、子育て支援センターや、生涯教育のクラスなどで

レッスンする機会に恵まれて、一緒に踊る仲間が1人、また一人と増えていきました。

 

太鼓やウクレレ、歌などを担当してくれる人も現れて見応えのあるステージを

作れるようになりました。

 

それから五年経ちカルチャーセンターなどで教えたり、まつりやイベントに招待される機会が増えました。

 

今では下は6歳から上は66歳の方まで元気に踊っています。

これからもタヒチアンダンスやフラで宮崎、日本を盛り上げて生きたいと思っています。

 

 

 

 

石川県出身

28歳の時にフラ、タヒチアンダンスを始める。
2006年 タヒチアンダンス全国大会「HEIVA I TOKYO」参加、オテア団体部門優勝 
2008年 独立 『PUAMANA Tahitian dannce &Hula dance scool」
発足

2011年 宮崎県綾町に 移住

プライベートでは19歳から6歳の3男2女の母

12年間で妊娠、出産、育児を繰り返しながら、タヒチアンダンスで
体型を元に戻しました。
現在は、ダンスに、筋トレ、ストレッチを取り入れながら
健康的で魅力的なボディを作る活動をしています。


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